承認されたいと思う心は承認されることから遠ざかる
〜ピポブル第100回〜
どーも、こうたです(^ ^)
今回は承認されたいと思う心は承認されることから遠ざかることについて書いていこうと思います 。
1 承認されたいと思う心は承認されることから遠ざかる
不安な人ほど認められることに敏感になっているのではないでしょうか?
人に認められたいと努力しているのに、なんだか周りの人の反応は薄いといったことはありませんか?
あれ〜、おかしいなぁと思ったことがある人もいるはずです。
人の直感というのは意外と敏感であり強いものであると思うのです。
要するに、うわべだけなのか、中身が伴っているのかを直感で気づきやすいということですね。
自分だけが相手を見抜いていると思っている人がいますが、今はほとんどの人が勘が鋭くなっている、これからそのようになっていく時代だと思います。
ですから承認されたいと思って頑張っている人に対して、どこか冷めた感情になってしまうものです。
『あ、この人、認められたいんだな』と冷めたように思われているとは考えたことがありませんか?
なので、前のめりになって承認されたいと思うと、相手はより冷めてしまうので、せっかく頑張っても認めてもらえないことがあるのです。
2 『承認されなくても良い』と思うことで承認される
本当に自分が嬉しくなるようなことを人に褒められなくてもしている人は賞賛されるのではないでしょうか?
例えば『見て見て』と言う人より『見なくていいよ』と言われた方が人は見たくなるものです。
『見なくていいよ』と言える人は人に認めてもらいたくてしているわけではないのです。
自分の自己満足なのです。
自己満足という言葉は昔はあまり良い意味で使われていませんでしたが、今は多くの人が悪い意味だけではないということがわかってきたのではないでしょうか?
今は満足が美しく映る時代だと思います。
承認されたいと思って頑張るよりも自分が満足することをしていれば自然と承認されていきます。
ある意味、昔に比べて生きやすくなってきている気がします。
自分が満足することを目標に生きてみると賞賛されるのではないでしょうか?
3 まとめ
収入をとるか満足をとるか。
難しい判断ですよね。
そして、満足を取りすぎて違う部分が不満足になるという落とし穴もあります。
自分の心の器も考えながら満足を目指したいものですね。
読んでいただきありがとうございました^ - ^
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