大事なのは正論か思いやりか
〜ピポブル第99回〜
どーも、こうたです(^ ^)
今回は大事なのは正論か思いやりかについて書いていこうと思います
1 『大事なのは正論か思いやりか』ということ
正論は時として、人を傷つけますよね。
誰かが努力したことをダメ出しされていたとします。
それがたとえ正論だとしても、周りでは嫌な空気が広まって気分が下がる時がありますよね。
例えばですが、子供が一生懸命書いた絵について、先生が『もうちょっとここをこうした方がいいんじゃない?』と言ったとします。
その先生はその生徒がもっと上手になって欲しいと思って言ったことでも、本人は傷つく場合があります。
なぜなら主観というのは人それぞれ違いますし、考え方や見方も違うからです。
その子にとってはその絵(その考え方)が一番美しいと思ったのです。
そして先生もまた自分の見方・考え方が一番美しいと思ったのです。
つまり、お互いに自分の主観が美しいと信じているのです。
『正論を言うことは必ずしも思いやりであるとは言えない』のではないでしょうか?
2 『みんな違ってみんないい』ということ
年齢や時代とともに価値観は変わっていくもので、実際はどれも正論なのかもしれません。
自分自身の主観は誰もが正しいと思えるし、誰もが正論だと信じて相手に思いやりをもって教えていることと思います。
ですが、自分の正論を強要するのは違うような気がするのです。
正論を強要しないことで人間関係がこじれることが少なくなるのではないでしょうか?
要するに、正論を述べることが人間関係のこじれの要因となっているということです。
正論は時に正しく、時に残酷な面を持っていると思うのです。
だからこそ、使うべきところを考えなければいけないと思います。
私は常々どのようなことでも、その人の角度から見れば美しく見えているのだろうと思っています。
考え方はみんな違ってみんな良いと思うのです。
その中でほんの少しでも相手の考えを受け入れることができたら、良い空気の流れを作ることができるのではと思います。
正論を語るだけでは分かり合えないことがあるのが難しいところです。
3 まとめ
世の中には多くの人が存在して人の数だけ正論があります。
相手の正論を深く傷つけることなく受け入れて生きていきたいものです。
正論を使うべきところを見定めることは難しいですが、意識していきたいです。
読んでいただきありがとうございました^ - ^
↓ランキングに参加していますので、クリックしていただけると嬉しいです