どうでもいいやと思えると閃きが起きるということ
〜ピポブル第239回〜
どーも、こうたです(^ ^)
今回はどうでもいいやと思えると閃きが起きるということについて書いていこうと思います。
1 どうでも良いと思えた時に閃きが起きる
「どうでもいいや」と思えることがありませんか?
例えば、何か美味しいものを食べた瞬間に憎たらしい人に対して「どうでもよくなる」時がありますよね。
あとは何か欲しいものを買ったら、今悩んでいたことが「どうでもよくなったり」などもあると思います。
この「どうでもよくなる」という感覚が第六感の目覚めなのかもしれません。
「どうでもよくなる」というのは考えなくなるということで、一旦考えなくなった時に閃きが起きるのだと思うのです。
どうでも良くなる時にはフワッと重力が軽くなるような感覚になります。
この経験を体感することでインスピレーションや第六感は割と出てくるような気がします。
しかしながら、最初からどうでも良いやと思っていると閃きは湧いてこないです。
考えて考え抜いてから「ああ、もうどうでも良いや」と思った時に閃きが起きます。
だからこそ考えることは必要だということです。
考えている時に注意する点は、まっすぐに物事をみすぎないこと、強い力で考えすぎないこと、軽い力で考え続けることだと思います。
2 考える優先順位に気をつけるということ
「どうでも良いや」という感覚は例えて言うなら、溺れた時に「自分は死ぬのだろうな」と諦めて力を抜いた時に、体が浮かび上がる感覚と似ています。
泳げない人は力を抜くのが苦手で、泳げる人は力の出し入れを感覚的に理解しています。
この感覚が大事なのかもしれません。
結論が出ないことを考えすぎている人は、考えなくても良いということに気づく必要があるのかもしれません。
考え続けた結果、考えなくて良かったことに気づく場合が多いです。
考えた方が良い問題は、ある程度考えたら答えが思いつきます。
考えても答えがなかなか見つからないことは、後回しにして良いことかもしれません。
考えるときは優先順位を間違えないことで閃きがテンポよく湧いてきます。
優先順位の出し方は不安と恐れを取って自分の保身が優先順位にならないように気をつけると良いかもしれません。
思うように上手くいかない人は、最初に考えなくてはいけないことを後回しにして、最後に考えることを最初に持ってきているのかもしれませんね。
3 まとめ
優先順位が人生を歩むために大切であるということに気づいていない人が結構多いような気がします。
花畑や神社仏閣などを見て頭が真っ白になり、「どうでも良いや」と思えたことは本当にどうでも良いことだったのかもしれません。
優先順位を間違える人は不安なことを最初に片付けようとしているのかもしれません。
利己的な優先順位ではなく、利他的に優先順位をつけると上手く物事が回ると思います。
自分を大事にするのも大事ですが、不安が多い人は利他的な優先順位にすると良いかもしれません。
読んでいただきありがとうございました^ - ^
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