見栄を張らなくても大丈夫な理由
〜ピポブル第164回〜
どーも、こうたです(^ ^)
今回は見栄を張らなくても大丈夫な理由について書いていこうと思います。
1 新しく何かを始める時は何かを捨てると良い
今日は新しい年号が決まったということもあり、ほとんどの人は気分が上がっているのではないでしょうか?
私は『令和』という年号を聞いて、未来に希望があるような気がしました。
今日は『見栄を張る』ということを考えてみたいと思います。
新しく頑張ろうとした時、人によく思われたいと思う気持ちが高まりすぎて、ついつい見栄を張ってしまうことってありますよね。
新しくするために本当にしなくてはならないことは、自分の飾り、すなわち見栄を取り払うことから始めると良いのではないでしょうか?
なぜなら、何かを捨てなくては何かが入ってこないからです。
なので無駄なことの1つに見栄を張るというものがあると思うのです。
自分が新しく生まれ変わるには、見栄を張ることが一番排除したい部分のような気がします。
2 見栄を張るのを捨てることで、綺麗な自分を出せる
人には誰でも劣等感というものがあり、それを誤魔化すために様々な見栄を張ってしまいがちですが、見栄を張っている以上、新しいものは自分の中に入ってきづらいのかもしれません。
新しいことをするためには、まず無駄なことを削除して空き容量を増やさなくてはならないと思うのです。
その空き容量が増えると、大きなものが思考の中に入ってくるのではないでしょうか。
その大きなものとはインスピレーションであったり、知識だったり、経験値であったり、色々あると思います。
私の私見ですが、ほとんどの人は見栄を張らずにそのままでいる方がとても素敵に輝けるのではないかと思っています。
動物が愛らしいのはそのままでいるからなのかもしれませんね。
色々なキャラクターを演じるのは平成で終わりにして、今度は自然のままでいることがよりその人自身を光らせるのではないでしょうか。
3 まとめ
無駄なことを削除して空き容量を増やすことが、大きく成長できるきっかけになると思います。
何かを始める時にこれをすると大きく知識や情報を手に入れることができると思うのです。
しかし、なかなか難しいことだと思います。
ですが、それを乗り越えることで輝けると思います。
見栄を張らないでいる方が素敵に見えるのは、偽りが見えないからだと思うのです。
自然体でいられる人に魅力を感じ、羨ましく思うのは私だけではないような気がします。
なので、新しく生まれ変わる一歩として、この内容を参考にしていただけると幸いです。
読んでいただきありがとうございました^ - ^
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