不幸は避けられないが乗り越えられるということについて
〜ピポブル第46回〜
どーも、こうたです(^ ^)
今回は不幸は避けられないが乗り越えることはできるということについて書いていこうと思います
1 不幸とは神様から与えられた試練
どんなに心を気をつけて正しくいきていても避けられない不幸というものはありますよね
例えば、嫌がらせを受けたり、上手くいきそうだったことでも上手くいかなかったりなど、不幸というのは尽きないものです
ここで不幸の捉え方を変えてみると良いかもしれません
『不幸というのは神様から与えられた試練(贈り物)』という角度から考えてみてはどうでしょうか?
不幸という出来事は考え方によっては飛躍するチャンスでもありますよね
不幸を乗り越えることができたら、さらなる成長ができるからこそ贈り物なのかもしれません
2 前回の失敗を糧にして考え方を変える
同じような不幸が繰り返して起きた時、『昔の自分ならこうしていたが今の自分はこう考える』というように思考が変化したことがありませんか?
例えば、同じ映画を何度も見る人がいますよね
1度目にみた時と2度目にみた時とでは視点が(注目するところが)変わりますよね
3度目になるとものすごい発見をしたりすることがあったりもします
映画は思考を考える上でとても勉強になるのが繰り返して行うということです
同じ映画を何度も見る人は思考が深い人なのです
似たような(デジャブのような)ピンチが起きた時は前回と違った考え方をすることによって乗り越えられる確率が上がります
違った考え方で乗り越えていきたいものですね
3 まとめ
乗り越えられない不幸は来ないというように、全ては思考次第だということです
『一難さってまた一難』というように人生は乗り越えなくてはならない試練の連続であり、昔は肉体を使った努力でしたが現在は思考を使って乗り越えないといけない試練が増えているような気がします
ですから自分の身に不幸が降りかかったときはいかにして感と思考(考え方)を使って乗り越えられるかが大切です
つまり、話をまとめると不幸が続く人というのは思考を訓練している人ということです
精神的に辛いことや理不尽なことが現代社会において増えているのは思考を訓練することが目的だからだと思います
逃げないで答えを見つけることがこの先必ず役に立ちます
今回はここまでです
ここまで読んでいただきありがとうございました^ - ^
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